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ことばの印象

ビジネスパーソンとお話ししていると、その方が現場で実践しているお知恵に触れさせていただく事も多いです。

最近、ある方から聞いて「なるほど」と手を打ったお話。

「山田さんね、話がこんがらがってきたり、厳しくなってきたときほど、僕は「和語」を使うようにしているんだよ。」

「漢字の音読みってなんか堅いじゃない、和語は包み込むような優しさがあるんだよね。」

とのこと。

どんな目的で、どんな戦略、戦術を… というよりも、
どんな目論見でどんな打ち手を… とか

私たちの責務は…というよりも
私たちのお役目は…とか

まぁ、いろいろありますが、別に和語が優れているといっているわけではありません。

TPOに応じて使い分けることがとても大事だってことです。

私も他人に質問する時にはできるだけ「和語」を使うようにしています(「質問」自体が相手の思考に関わる強い関わりなので)。


一方、逆に振ると、外来のカタカナ言葉は時に批判にさらされますが、社会や集団に元々あった文脈に絡め取られないように、という意図で使うとソコソコ強力な手段となり得ます。

「アグリーです」とか
「アジェンダは…」とか
「リソース」とか
「これはマストです」とか

は、ちょっと違う印象を持たせたいときにはわざと使うようにしています。


そんなこんなで、使う言葉一つで、伝わり方は変わるし、印象も変わるもの。

みなさん、そのあたり普段どれだけ意図して言葉を使っていらっしゃいますでしょうか?

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この記事を書いた人

クレメンティア代表世話人及び「西洋哲学塾」塾長。

普段は「エグゼクティブコーチ」として、上場企業から気鋭のベンチャー企業までシニアリーダーのリーダーシップ学習を支援。現代哲学に基づくクライアント自身の視座が上がるコーチングが特徴。「東京哲学会議」特別貢献会員。

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