人間と人工知能は分かり合えるのか?

人工知能。Artificial Intelligence。略称 AI。

かなり普及してきた感のあるAIという言葉。

AIに関する話題は様々なところでなされて、AIに対する理解度は人によってかなりのバラつきを伴いながらも、ポジティブな内容とネガティブな内容の両方について主張が展開されています。

「AIが人間の生活をより豊かにする」という主張がある一方、「AIが人間の仕事を奪う」という可能性について主張も同時に存在します。


ちょっと前の話ですが、これに関連する話で、人間とAIとの違いについて質問を受けた内容がありました。

教育関係の経営者の方で、特に子供の教育に携わっている方でしたので、子供の将来のことを考えると重要な問いだと思われたのかもしれません。

「AIが当たり前になる時代で、これから人間に必要なスキルは何か?」

この文脈だと「人工知能に仕事を奪われないようなスキルは何か?」という意図になると思います。


まず「人間と人工知能」の違いは、「人間と椅子」を比較するのと同じくらい違うと思うのですが、それはさておき、AI時代、これからの人間に必要なスキルとは何かについて。

インターネットでも数多く書かれている内容ですが、例えば「コミュニケーション力」「創造力」「洞察力」などがあります。

本当にそうでしょうか?


まず「コミュニケーション力」。

他者と関係性を構築する能力と言い換えれば、かなりAIの進化は著しい領域の代表ではないでしょうか?

数年前までは、AIが自然な人間とのコミュニケーションを行うという日常的な実例はほとんどありませんでしたが、最近ではチャットボットなどAIで問合せ対応を行うケースも徐々に増えて来ていますし、完成とは程遠いとしても、かなり自然な返事に近づいて来ているのではないでしょうか。

将来的に意味を理解しているかどうかという根本的な議論を脇におけば、AIが表面的なコミュニケーション力については、相当な能力を手にいれることは想像に難くありません。


では、次に「創造力」。

創造力といえば、何か無から有を生み出すようなイメージがありますが、人間の持つ創造力とはそのようなものでないということが定説になっています。

新しいものを創造したように見えても、必ず何か元になるもの同士の組み合わせがあってアイディアが生まれるのだと言われています。

iPhoneだって、そもそも電話が存在しない世界では生まれなかったでしょうし、電話も、電気や、手紙、会話がない世界では発想しようもなかったはずです。

そもそも無から有を創造できるならば、情報を集めたり、何かを学んだりする必要性自体なくなってしまうかもしれません。


「洞察力」はどうでしょうか。

これもむしろ人間では気付かないことまで発見するのがAIの真骨頂。医療などでは、医師が気付かないようなちょっとした異変にも画像認識などにより病気を検知することができる段階まできています。


このように「コミュニケーション力」「創造性」「洞察力」は、それぞれ人間だけが持ち合わせいる、何か神妙で特別な能力のようなイメージも含んでいる言葉ですが、現象面で見れば人間固有の能力ではありませんし、今後AIが益々進化する能力とも言えるでしょう。

Amazonなど買い物する時にある、リコメンド機能など、顧客が調べていなくても、過去の行動履歴から欲しいものを察知するのですから、まさに洞察力の一種でしょう。


では、他にどのようなスキルや能力が必要になるか?

否、必要なものはそもそも「スキル」や「能力」ではないと思います。

この先到来するAI時代、私たちが問うべきこと、考えるべき事は、AIに侵食されないスキルや能力ではなく、

また、先ほど挙げた「コミュニケーション力」「創造力」「洞察力」のような、言葉の意味合い次第で「人間が優れている」ということも出来るような類いの概念ではなく、

人間とAIの違いの「明確な違い」についてです。

人間とAIの明確な違い、それは「AIと人間が分かり合えるのか?」という問について考えてみるとより明確になっていくでしょう。

「AIと人間が分かり合えるのか?」

この問いを、興味があれば少し考えてみてください。

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この記事を書いた人

(プロフィール非公開)
講師陣の中でもっとも哲学者の思考に近い存在。
その血も涙もない論理展開は聞いている者を「ロジカル・ハイ」の世界に誘い、貼り付いている常識を引き剥がし、聞く者の思考を再構成させていく。
しかし、その根底から感じられるアツい想いが聞く者に中毒性をもたらしたりもしている。
時折、聞こえてくる異世界からのロジックをどうぞお楽しみください。

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