自分の力をはるかに越える大きな変化に直面したときに

本日で、東日本大震災から10年目の節目を迎えます。

各地で追悼式なども開催されておりまして、私自身も追悼の祈りを捧げたいと思います。

あの時は霞ヶ関の幹部執務室で説明をしておりましたが、大きな揺れを感じ「山田君、テレビつけて!」とスイッチをONしたNHKの画面には、見たこともないような数字が並んだ日本地図。

揺れがおさまり、「さぁ「仕事」するぞ。」と立ち上がった、政府緊急対策本部の高級事務レベルメンバーでもあるその幹部の引き締まった顔を今でも鮮明に覚えています。


思いますに、人は自分の力をはるかに越える変化に直面したとき、思考を停止させてしまいます。

当時、圧倒的な現実を前に、自分自身も何も考えられなかった苦い記憶もあります。

ただ、これは東日本大震災のような急激な自然災害だけではなく、もっと緩やかに進む社会の潮流の変化も同様ですし、速度的にはその中間にあるような、現在進行形のコロナ禍においても同様でしょう。

そんな中でも、一握りの人が、しっかりと思考を起動させ、立ち上がり、自分自身や自分の周りの人達、そして、自分が所属するコミュニティや組織に対して問題意識を持って影響力を発揮し、周りの人を導いていきます。

もちろん、役割や所属している場所によって影響力の範囲は人それぞれです。

でも、そういう人達を人は「リーダー」と呼びます。

そして、「その時」にしっかりと思考を機能させられるか否かは、やはり普段の思考の積み重ねであり、

人間である限り必ず陥る「希望的観測」という自分本位の思考から、どれだけ距離を取って考えることができているか、というところではないかなと思います。

是非、こうした節目に、普段の思考の有り様を省みられていただければ幸いです。

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この記事を書いた人

クレメンティア代表世話人及び「新・哲学塾(仮称)」設立準備室室長。

普段は「エグゼクティブコーチ」として、上場企業から気鋭のベンチャー企業までシニアリーダーのリーダーシップ学習を支援。現代哲学に基づくクライアント自身の視座が上がるコーチングが特徴。「東京哲学会議」特別貢献会員。

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