狐憑きと哲学

皆様こんにちは岸本達也です。

「狐憑き」という言葉を聞いたことはありますか?

調べたところによると、狐がとり憑いたかのように、発作的に暴れたりする現象で憑霊信仰の一つだそうです。

もちろん実際に、狐が取り憑いたわけではないでしょう。


以前私の教室に、ずいぶん乱暴な生徒が入会しました。

誰かれ構わず乱暴なことをします。はじめて会った私にも、なにかをきっかけに襲いかかってくるような子でした。

なぜかそんな彼も、お婆さんがいる時だけは落ち着き穏やかでいたそうです。


ある日、その子についての親族会議に呼ばれた際、そのお婆さんがひとり言のように
「あの子本当はいい子なのに、狐が憑いてしまったんだ」
そう口にしていました。

「狐?」
そんな言い伝えがあることを、私はその時はじめて知りました。


以前から生徒が唯一乱暴なことをしないというそのお婆さんの姿にこそ、解決のヒントがあると思っていたので、つい尋ねてしまいました。
「憑いた狐はどうやって祓うんですか?」

お婆さんが教えてくれたところによると、ご近所さんが集まりその子を家から引きずり出して
「狐!出ていけ!〇〇(悪さをする子)から出て行け!」
箒の穂で叩きながら、真剣に怒鳴り続けるのだそうです。

箒の柄ではなく穂でというのは、怪我をさせないためだそうです。


狐、箒の穂、真剣に怒鳴り続ける。

これらの言葉を聞いた時、ふと思ったことがありました。

その子がやっていることは決して看過できない。

とはいえその子も、自分の意思でやろうと思ってやっているのではない。

言葉を変えれば、なにかにやらせられているのです。

そうであるなら、その子もある意味被害者なのかも知れません。

その子を守るために、加害者である狐に「出て行け!」ではないかと。

狐としては、迷惑な話だと思いますが。


もちろんダメなものはダメでしょうけど、抑えられずにやってしまうのなら、その人をそうさせているものへ意識を向けることも必要です。

周りの人のそんな姿勢ことこそが、自分を抑えられなかった人が立ち上がるために必要な過程であり、対応なのではないか。

そんなことをその場にいたご親戚に伝えしました。

その日を境にその子は劇的に変わり、落ち着き暴れなくなりました。

その前にご親戚一同の、その子に対する態度が変わったのですが。

私も、目の前のさまざまな問題だけではなく、その背後にある対峙すべき相手を考えられるようになりました。


後に狐らしきものの正体を、多くの哲学者思想家がさまざまな切り口と形で看破していることを知りました。

そして狐とされているものも、何者かにそうさせられていることに私も気づけました。

目の前の現象に振り回されることなく、根本的な原因を探ろうとすることで、見守る人こそが穏やかさを取り戻せる。

その結果として、暴れていた子が穏やかになる。

この前提があるので私どもの教室では、暴れてしまう子も受け入れています。


※仕事で連携している精神科医に確認したところ、人が乱暴な振る舞いをするのは病状であることもあり、その場合「狐祓い」の儀式(箒で叩いたり)は決してやってはならないそうです。

ご参考まで。

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この記事を書いた人

フリースクール『寺子屋ありがとう』主宰
新潟市で不登校、非行、成績不振など課題を持つ子ども達と学習を通し関わる。前職は船乗り。
教育のための教育を受けたことはなく、自身の経験と感覚の下、手探りで仕事を進めてきた。
哲学を学ぶことで、必要とされる言葉を見い出し、手渡せるようになり、より確実に結果を残すようになる。
現在教室設立16年。
不登校であった卒業生160名以上全員が再登校している。

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