こんにちは。藤原久美子です。
参加されたばかりの方もいらっしゃると思いますので、自己紹介を兼ねて「生き方」を考えるきっかけになればという思いでまとめてみました。
私は、21歳〜52歳まで小学校で学級担任として「学習」をサポート。
52歳〜56歳まで断捨離トレーナーとして、住まいや頭の「片づけ」をメインにサポート。
56歳〜現在は女性経営者・起業家支援ということで、ビジネスの課題解決法や人生の悩みの解消法を「哲学」をベースにサポート。
通算、37年間仕事を通して多くの「人」と関わってきました。
これらを通して気づいたこと。
結論から言いますと、「過剰なものは足かせにしかならない」ということです。
子どもに対する過剰なしつけやルールや習い事、住まいに溢れている過剰なモノ、学習意欲が旺盛な人にみられる過剰な学びや人間関係、お金に目が眩んだ人のお金に対する執着などなど。
なぜ、人間は過剰に求めたがるのでしょうか?
それは「自信のなさ」(=不安)を埋めるためです。
しかし、これらを増やせば増やすほど窮屈になってきて、撰択や決断に時間がかかったり、大切なものが選べなくなったりして、「本当に価値あるもの」がみえなくなってしまうという負のスパイラルに陥るのです。
こちらの投稿で、「存在A」が「依存症」のことを書いていましたが、その通りなのです。
ルール・モノ・学び、あるいは人間関係やお金も同様です。
一度手にしたものは、ゴミだろうがガラクタだろうかが、余計なモノだろが、お節介なヒトだろうが、過剰なお金だろうが減らしたくないのです。
だからどんどんゴミ・ガラクタで過剰になっていくのです。
一方で人間は命を守るために、必然的に過剰になったものは「忘れる」という機能を持っています。
ですから、頭の中の記憶は必要がなければ忘れますが、その他のものは自分で行動をおこさない限り減らすことができないのです。
まとめると、今もっている何か(モノ、知識、情報、人間関係、お金など)が過剰だと気づいたら減らすことが大切なのです。
これには勇気がいりますが。
減らした状態にもっていったうえで「上質」なものを取り入れていきましょう。
ここで、何を過剰と捉えるか、何を上質と捉えるかもその人の「思考力」で決まります。
ぜひ、クレメンティアで「思考力」に磨きをかけていきましょう。
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