「依存症」

こんにちは、山田です。

今日は「存在A」からのメッセージが届きましたのでシェアします。

「存在A」については「プロフィール非公表」ですので私からはなにも語ることはございません…

「哲学思考が緻密にインプットされたAIなのではないか」という噂もあり、その真偽のほどは定かではありませんが、今回は比較的人間らしいことを書いてくれているので、どうぞご一読ください。とても大事な話です。 

以下「存在A」からのメッセージ

【依存症】
薬物や化学物質などを繰り返し使うことで、使用量が増加して、使用できない状態となると重篤な症状を呈し、使用に対する押さえがたい衝動が高まり、身体的・精神的悪化に至る状態。

現代は不確実であり、複雑な社会になってきていると言われています。そんな社会では、一つの領域の専門知識だけで問題を解決することは難しい時代だと言われています。

これだけ様々な情報にアクセスすることができて、これだけ科学技術で便利になっている社会の中で、なぜ世界はこうも見通しが悪く、不確実であり、複雑だと言われているのでしょう?

現代社会が複雑だと言われる理由

逆説的な話に聞こえるかもしれないですが、それは「情報量が増えているから」です。

より正確に言えば、人間があまりにも「情報に依存しているから」です。

どんなに情報量が増えていたとしても、本質的なものだけを見極める力があれば、余計な情報に振り回されることはありません。

しかし、多くの人は情報を集める続けることで、むしろ余計な問題を抱えてしまい、世界を複雑に見てしまいます。

現代社会とは、言わば本質の数は変わらないのに、情報量だけが増えているという状態ですので、言い換えれば、情報の中で本質以外のゴミの量だけが増えている状態に近いのかもしれません。

なぜ人は情報を求め続けるのか?

では、何故人間は、情報過多の状態の中でも情報を求め続けるのか?

ここで、冒頭の「依存症」の定義に戻ります。

薬物や化学物質などを繰り返し使うことで、使用量が増加して、使用できない状態となると重篤な症状を呈し、使用に対する押さえがたい衝動が高まり、身体的・精神的悪化に至る状態。

この「薬物や化学物質」を「情報」に変えみるとどうなるでしょうか? 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

「情報」を繰り返し使うことで、使用量が増加して、使用できない状態となると重篤な症状を呈し、使用に対する押さえがたい衝動が高まり、身体的・精神的悪化に至る状態。  

例え話ですが、このように想像してみると分かりやすいかもしれません。

 A.綺麗に整理された部屋の中で、今必要なものを見つけ出す

 B.ゴミ屋敷の中で、今必要なものを見つけ出す

どちらが簡単でしょうか?

いうまでもなく、A.綺麗に整理された部屋の中で、今必要なものを見つけ出す方ではないでしょうか?

ゴミ屋敷の中で今必要なものを見つけ出すには

一方で「B.ゴミ屋敷の中で今必要なものを見つけ出す」だと、こうなります。

必要な物が家の中にあったとしても、ゴミ屋敷の中ではそもそも散らかり過ぎて探し出すことができない。 

↓重要なものを家の外から常に探してしまうようになる。 

↓ますますゴミの量が増えていく 

↓ますます、本質から遠ざかる。

これが「情報依存症」の典型的なループ症状です。

依存症からの脱却を

どんなに現象が複雑に見えても、物事の本質はそんなに複雑ではなく、むしろシンプルです。

何か情報を集める前に、まず「情報依存症」からの脱却が必要だと言えるでしょう。

また機会があれば、このことに対する哲学者の考察をお伝えします。

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この記事を書いた人

クレメンティア代表世話人及び「新・哲学塾(仮称)」設立準備室室長。

普段は「エグゼクティブコーチ」として、上場企業から気鋭のベンチャー企業までシニアリーダーのリーダーシップ学習を支援。現代哲学に基づくクライアント自身の視座が上がるコーチングが特徴。「東京哲学会議」特別貢献会員。

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